メラニンはメラノサイトと呼ばれる特殊な細胞で産生される色素であり、紫外線を吸収することでDNA損傷を軽減する役割を担っています。しかし一方で、過度な日焼けや加齢に伴うメラニンの異常産生はシミや皮膚老化の原因となります。美意識の変化から女性のみならず男性も皮膚の健康、特に美白需要が高まってきている現在、メラニン産生の仕組みを理解することは美容や皮膚健康を研究する上で重要なテーマの一つになっています。
再生医学/遺伝情報研究室(遺伝情報研究)の和久剛准教授と小林聡教授は今回、同研究室の所属学生である中田創太、増田遥、住春菜、和田恵佳、廣瀬修平、明田伊鳳とともに、転写因子NRF3による新たなメラニン産生機構と、その阻害剤としてネルフィナビルの有効性を報告しました(右図)。
再生医学/遺伝情報研究室(遺伝情報研究)では、転写因子NRF3を標的とした癌研究を中心に研究を行っています。その過程で癌化したメラノサイト(メラノーマ)にNRF3を実験的に発現させたところ、偶然にもNRF3を高発現したメラノーマではメラニン量が劇的に増加することを発見しました。それまでにNRF3とメラニン産生に関する研究報告は皆無であったことから、本研究ではNRF3によるメラニン増加の仕組みを解明することを目指しました。その結果、NRF3はメラニン産生の主要な制御因子であるMitfや、メラニン産生の律速酵素であるチロシナーゼの発現や活性を誘導することを見出しました。また興味深いことに、NRF3はマクロピノサイトーシスとして知られているエンドサイトーシス様の仕組みを利用して、メラニンの原料となるチロシンを細胞内に取り込んでいることも発見しました。さらに驚くべきことに、NRF3は自食作用(オートファジー)を利用してメラニンの産生と分解のバランスを調節することによって、メラノサイトの生存に寄与していることも明らかにしました。最後に、NRF3を介したメラニン産生経路を阻害できる薬剤として、HIV治療薬に臨床使用されていたネルフィナビルが転用できる可能性も見出しました。以上の知見は、NRF3を介したメラニン産生にはMitfやチロシナーゼに加えオートファジーやマクロピノサイトーシスの制御も重要であること、およびネルフィナビルがメラニン蓄積を強力に阻害できる可能性を示唆しています。このように本研究で得られた知見は、皮膚健康の維持だけでなく、より有効なシミ予防・美白製品の開発につながると期待できます。
研究内容の詳細は以下の関連情報をご覧ください。
- タイトル: The CNC-family transcription factor Nrf3 coordinates the melanogenesis cascade through macropinocytosis and autophagy regulation
- 著者:Tsuyoshi Waku*, Sota Nakada*, Haruka Masuda*, Haruna Sumi*, Ayaka Wada*, Shuuhei Hirose†, Iori Aketa†, Akira Kobayashi (*equal contribution,†equal contribution, Corresponding authors; T. Waku and A. Kobayashi)
- 雑誌:Cell Reports (2023) 42; 111906
- DOI: https://doi.org/10.1016/j.celrep.2022.111906